僕たちの想い

種をまこう

収穫をいそぐ時代に

急かされずに

本当にだいじなものを

ゆっくり育てよう

愛情という養分をすって

情熱という太陽をあびて

気がつけば ほら

まちじゅうに

うつくしい根が

たくましい花が

 

僕たちのような、小さな小さなNPOが、実現したいVISIONに向かって、未来の種をまき続けていくためには、サポーターの方々の応援が積み重なって、たねが育つための豊かな土壌をつくってくださることが不可欠です。

僕たちは、強い雨風で何度へし折られようとも立ち上がる気合いと根性は自信がありますが、そもそも土がなくてはいかんともしがたいところがあります。

ぜひ、この長文駄文を最後まで読んでいただき、もし共感していただけるようでしたら、この「ごかんのたね」まきに、豊かな土壌となって応援して下さるサポーターになっていただけたらとてもうれしいです。

(今すぐ「ギフト・サポーター」になる)

 


 

僕たちごかんたいそうのvision

「みんなが じぶんのいろでえがく ひとつの いろいろな せかい」

たとえば、農業の世界でイメージしてみてください。
今、世界の農業の主流となっている単一品目、大量生産型の農業は、世界中で最も効率的な用地を拠点化し、どんな季節でも、すばやく、かつ、とても安価に、あなたの地元のスーパーに野菜をとどけてくれるでしょう。

一方で、こういった農業システムは、肥料や農薬、物流網をはじめとした大規模投資が常に必要になりますし、かつ、この地球の生態系や誰かから、投資に見合った資本の回収をし続けていく必要があります。

一方で、ありのままの本来の自然は、多様性に満ち溢れた与え合いの生態系(=ギフトエコロジー/gift ecology)で成り立っています。

みつばちが自分の歓びとして花の蜜を吸いまわることが、結果として、植物の受粉の担い手になるように、それぞれがありのままの自分を表現しながら、同時に、他者との与え合いの関係性をうんでいくこと。

そんな生態系においては、経済的に豊かな暮らしも、スピーディに世界中のものを手にいれる利便性も望めないかもしれませんが、自分らしく生きている歓びや、ありのままの存在を認めあうことの安心感や、与え合うことから生まれる対話の感動/心の豊かさ、そして生態系としての持続可能性は得られるかもしれません。

僕は、資本を拡大していくことを軸とした、単一化、グローバリゼーションという流れは、農業だけでなく、この地球全体を、一見、誰もが違和感をもたないような心地の良い甘い香りをただよわせながら、すーっと息を潜めた大気となって、いつのまにか大きく大きく覆ってきているように感じています。

僕は、こういった空気に包まれた先にある、同じような色の人ばかりのモノクロな社会よりも、自分の個性に誇りを持った人があふれているカラフルな社会こそが、一人一人が、日々、心豊かに、生きることを肯定的に感じられるくらしをおくることができ、かつ、全体としても持続可能なたくましさをもった僕たちの未来だと、心から確信しています。

一方で、僕は、すでに同じ価値観をもった仲間とテリトリーをつくって、その中で自分が生きやすい空気に満たされたくらしを実現していくことは志向していません。
(もちろん、そっちのほうが、あわよくば、自分の寿命がつきるぐらいの時間軸なら、内輪で楽しく暮らしきれるかもしれないけど)

やっぱり、僕の、僕たちの大事な大事な子どもたちは次の世代を生きていくわけだから、自分が居心地のいいテリトリーの中にとどまらず、勇気をもってそこから一歩踏み出して、世の中で広がりつつあるモノクロ・グローバリゼーションの空気にどこまでも抗いながら、自分たちが信じる未来につなげるための場づくりを追求していきたいと心から思っています。


大それた命題を掲げている僕たちですが、ちっぽけなNPOですし、
かつ、どういうわけか、メンバーの仲間もピュアだけど不器用な人ばかりが集まっています。

そもそも、人の寿命って思ったほど長くはないと、自分の実体験から痛感していることもあり、ライフワークという時間軸で取り組むことであっても、いろんなことに力を分散させずに、一点突破で取り組まないと形にしていけないなと感じています。

では、僕たちが覚悟を決めて取り組みたい、一点突破のテーマってなんなのかというと、「自分の個性を誇れる自尊心を育むための子供達のくらしの場づくり」


そして、これからは、この「ごかんのたね」まきを、vision・想いに共感してくださるサポーターの方々の力をお借りしながら、ごかんの園舎にとどまらず、まち全体にひろげていきたいと考えています。

僕はごかんの取り組みをしているうちに、子どもは両親だけのものでなく、未来の社会をつくっていく、僕たち社会の”公共財産”だと感じるようになりました。

そして、もしそうだとしたら、子どものくらしの場(保育や教育)も、本来は、サービスでもビジネスでもない”公共的な場”なのではないでしょうか。

そして、これからの時代に、サービスでもビジネスでもなく”公共的な場”をつくっていくこととは、利用者だけが運営コストを負担する形(=経済的に負担のできる家庭だけが利用できる形)でもなく、また、行政に依存をする型でもない、第三の運営の形づくりにチャレンジすることだと思っています。

では、その第三の形とは?
僕たちは、以下のようなことではないかと考えています。

“visionに共感をした方々のギフト(=義務感でなく、心から自分がそうしたいとおもって与えること)の力を支えに、市民が自分たち自身で公共的な場を手作りしていく”


正直いって、保育料や月謝を極力抑えながら(こどもクリエイティブエージェンシーに至っては、そもそも月謝をもらっていません)、かつ、ギフトの力もまだ十分でない中、一方で、日々、取り組む場の質を追求していくという道のりはとても険しいものです。

また、クラウドファンティングのような一過性のサポートでなく、ギフトの力を支えにしたサステナブルな運営の土台をつくっていくためには、サポートしてくださる方々の共感を積み重ねていくまでの長い時間と努力が必要です。

でもそれでもめげずに、僕たちがこのチャレンジングで時間のかかる社会実験に取り組む希望と勇気がもてるのは、そもそも、ごかんを始めてからいままでつづけてこられたのも、振り返ってみれば、いろんな方々が仲間になってギフトをしてきてくれたという事実があるからなのです。

最初の園舎だって、開園までの道のりをずっと支えてくれた友人家族が、最後は見るに見かねて住んでいた自宅を引っ越してくれたから始められたのだし、その園舎だって、仲間が開園前日の深夜までてんやわんやになりながら手作りで改修してくれてなければ完成していません。

そして、開園直前にほぼ告知もできない中でごかんを見つけてくれて、工具や資材にまみれたあんなぐちゃぐちゃの部屋で入園面談をしたのに、それでも入園してくれた園児家族にも感謝の言葉が見つかりません。

全く畑違いのど素人から始めた僕の妄想と暴走にずっと辛抱強く付き合ってくれて、子どもたちのくらしの場を一緒に具現化してきてくれた現場チームの面々だって、今や売り手市場の保育士業界にあって、どうかんがえても、仕事として割り切ってたり、待遇面から、ごかんメンバーでいてくれているとは思えません(だからって雇用環境の改善をしないって甘えているわけでは決してありませんのであしからず!)。

真摯に子どもたちと向き合うまなざしをもった最高のチームとのご縁は僕の人生におけるかけがえのないギフトです。

ごかんのもりをつくる時は、保護者の家族、スタッフ、友人、家族まで総動員で、開園前の数ヶ月、毎週末のように雑草抜きやら、園舎のペンキ塗り、園児の座布団作りまでありえないぐらいの力をいただきました。

地主さんご家族とも奇跡的なご縁でつながりをいただき、今や、場所提供だけでなく、経営面のサポートまでしてくださったり。

地主さんとご縁ができた1ヶ月後に、足長おじさんのような存在のご夫婦とのこれまた奇跡的なご縁をいただいたり。

この時は、何人もの方から、園舎建築資金に対するご寄付もいただきました。

ごかんのもりの園庭は開園時、凸凹の更地でしたが、フィルをはじめとした仲間の手作りの力で、今では、彩り豊かな野菜や果樹にあふれたガーデンとなり、園児達は毎日、自然と共生するくらしができるようになっています。

ごかんのもりの全ての果樹は、保護者の有志やごかんのえきのワークショップで集った地元のグループが自主的にバザーをしてくださり、その収益でギフトしてくださったものです。

そしてこの園庭はいまも、仲間の力でつくり続けられています。

園の遊具だって、ご近所さんから「これよかったら使って」といっていただいたものがたくさんありますし、園用の軽トラックや原付までご寄付をいただいたことがあります。

パーマカルチャーと子どもの未来研究所として、週末に取り組んできた勉強会・ワークショップも、当日スタッフは、かつてワークショップで学び合った仲間がボランティアで力をかしてくれて成り立っています。

このホームページだって、共感してくれた地元の仲間が、忙しい仕事の合間をぬって、ボランタリーでつくってくれました。

 

これら全ては、戦略的に予測しながらこちらから生み出したものではなく、”予定不調和な奇跡”なのです。

僕は、こういった予定不調和な奇跡の連続を通して、最近では、目に見えないけれど、大きな大きな”ギフト”という力を肌で感じるようになっています。

同時に、自分は周りに生かされているんだなといった感覚や、感謝というのは”される”より、”する”ときのほうが、何倍も心が満たされているといった感覚がわいてきています。

これは、決して、周りに甘えたらいいや、最後は誰か助けてくれるよ、といった甘えの意識がうまれたということではなくて、もともと気も小さくのんびり屋で、生まれてこの方リーダー的な経験もしたことのない僕が、visionに向かって邁進し努力を続ける力や、苦難の壁の矢面に立った局面で最後は大きな孤独とも向き合いながら決断しなくてはならない時に一歩前に進むための内なる心の声の源を与えてもらっているような感覚です。

ごかんたいそうの取り組みは、なにか新しい教育・保育メソッドを作ろうとしているわけでもありませんし、一過性のムーブメントをつくりたいわけでもありません。

一つの小さな想いがたねとなって、ほんの少しの土と水から小さな芽がうまれ、そのうち花がひらき、その花に虫たちが訪れ、少しずつ、草花の種類が彩りをふやしはじめ、その草花たちを訪れる生き物たちもまた彩りをましていく。

そうやって小さな小さな生態系がうまれ、その生態系がまた土を豊かにし、その豊かになった土壌の養分の恵みから、また生態系が広がっていく。

ときには嵐がやってきて、生態系がごわっと壊れそうになることもあるでしょう。でもそれでも彩りを増した生態系はまたたくましく芽吹き、さらに彩りをましていく。
そうやって生態系は、その中で、絶え間ない新陳代謝を繰り返しながら、いつしか生態系全体が一つの球体(ほし)であるかのように色を放ち始める。

こうやって、長い、長い、途方もなく長い時間をかけながら、一つのたねは、文化をつくっていくのではないかと、想像しています。

 

ごかんのたねは、こんな想いをもった僕たちがまいたばかりのたねです。

もしよかったら、これからしっかりとこのたねが芽吹いていけるような土壌作りに加わっていただけたら、感謝の言葉もありません。

そして、子どもたち一人一人が色とりどりの花となって、まちじゅうを豊かにしていく未来を、共感してくださったサポーターの皆さんと一緒に見届けていけたら、こんな素敵なギフトはありません。

 

NPO法人ごかんたいそう
代表理事 全田 和也

 

最後まで読んでくださりありがとうございます。

もし共感していただけるようでしたら、この「ごかんのたね」まきに、豊かな土壌となって応援して下さるサポーターになっていただけたらとてもうれしいです。