ここ最近、森の中で暮らし始めてから読書をする時間が増えました。たくさん積読状態にあったので先日、本棚を整理してみたところ一つ気がついたことが。僕の本棚には保育や教育の実務書、料理、旅、カルチャーに関する本、社会学、語学、ルポルタージュといった本はたくさんあるのだけど、小説や物語がとても少ない。振り返ると社会人になってから20数年の間、いろいろな本を読んできたけれど、圧倒的に小説や物語、詩集といったフィクションを読む機会が少なくなっていたなということを実感したのです。
いままではそういうことをときおり感じながら、それでもノンフィクションの本を読む比率が高かったのですが、40代半ばも超えた今になって、小説や物語、特におとぎ話、寓話、ファンタジーを読みたい気持ちが湧いています。
衝動的で感覚的なものなので、そこに明快な論理的理由があるわけではないのですが、もしかしたらと思うのは、自分だけではコントロールができそうにない事実に直面したり、自分一人では立ち尽くしてしまうような困難が目の前にきたときに、人はどこかで、子どもの頃に読んだおとぎ話やファンタジーの最後のシーンで起こったような奇跡が本当に日常に起こるんじゃないかって。そういう奇跡を信じようとしはじめるんじゃないかって思ったのです。
子どもの頃に読んだ絵本や童話、寓話のストーリーの中には、奇想天外な世界がたくさんひろがっていました。小学生の時に学校の図書室で読み耽った、シリーズものの冒険小説や推理小説の中には、僕もこんな人になりたい!と思って近所でごっこ遊びをしたり、こんな冒険をしたい!とおもって、友だちと連れ添って裏山にはいって木の上に秘密基地をつくったりもしました(秘密基地に誘った友達が、木から落ちて骨折して先生にこっぴどく叱られたことも覚えています)。思春期に読んだ純文学の中には、主人公が何度も辛い目に遭いながら運命の流れに飲み込まれそうな展開になったとき、祈るような気持ちでページをめくっていったら、結末に小さな奇跡が待っていて、まるで自分が主人公になったように心が救われていたこともありました。時にはすとんと理解ができない結末が待ち構えていたりして、読み終わった後もモヤモヤとした想像がとまらなくなることもありました。
子どもの頃はそんなふうにおとぎ話を読んだりする中で、自分の心の中に現実と空想の境目が曖昧になっていくような創造性に溢れた世界が広がっていた気がしますし、実際の日常でもおとぎ話のようなことが起こるって信じながらくらしていたような気がします。
大人になっていくにつれて、実務的な教養や専門知識を学ぶことが求められていくし、現実社会においても、「そんな夢みたいなこといってないでしっかりスキルを身につけて生計をたてななさい」「もっと目の前の現実をみたほうがいいよ。」という声が聞こえてきたり、社会人として現実に即したあり方、暮らし方、生き方を求められていくこともありながら、自分自身もそういった現実社会と向き合おうとしたり、活躍していこうとしたりもするでしょう。
それは決してネガティブなこととは思わないですし、自分を振り返っても、そういった現実社会と向き合っていく経験の中に大きな学びや成長のきっかけがあったように感じます。一方で、僕個人でいえば人生の折り返し地点の年齢まできた今、目の前に自分一人ではコントロールの効かない大きな現実を目の前にしたとき、心の中にもっとも強く湧き上がってきたのは、あるべき自分、こうすべき対処、論理的な打開策といったこと以上に、僕たちのこの日常のくらしにもおとぎ話のような奇跡はおこるかもしれない、という祈りにも似た想いです。これは決して現実逃避をしたいという感覚ともちがっていて、実際、目の前にしている今の困難に対しては、自分なりには最大限の具体的手段を講じようともがいているし実際に取り組んでもいるつもりです。
でも、それでも望んでいる未来を100%実現できるかどうかはわからない。そういったときに、僕は日常のなかにおとぎ話が起こることを信じる感覚を持って、いきていたい。ごかんとともにくらしてきた、この10年近くの間には、おとぎ話やファンタジー性のある物語を読む機会は減っていたけれど、一方で、実際におとぎ話のような奇跡がごかんの場で起きる瞬間をなんども目にしてきたこともあってか、僕は年甲斐もなく、日常のなかにおとぎ話はたしかに存在する、という感覚を自分の体の中に感じています。
ものすごく大げさにいえば、そういった日常の中におとぎ話はあるって思える感覚があると、いろんな人生の困難を乗り越える力の一つになるような気もしますし、なにより、なにげない日常の風景が、新鮮なワクワクに満ち溢れてみえる一つのスパイスになるような気もします。
一人で頑張っても頑張ってもどうしようもないかもしれない現実と向き合っている方は、今この世界にたくさんいるのではないかなと想像します。能天気なお誘いかもしれませんが、よかったら心温まるおとぎ話を、心ときめくファンタジーを読んでみてはいかがでしょう。
最後にもう一度だけ。「ぼくたちの日常にはおとぎ話があります」
全田和也